2014年12月11日 茨城新聞記事


 

多様性で読み解く世界

 

14年文芸回顧  2014年に注目された文芸作品

 

社会を善悪の単純二元論で見る風潮がまん延している。

「自分にとって、世界を見るということは世界について考えることと直結」すると、

7月の芥川賞を「春の庭」で受賞した柴崎友香は語った。世界は一面的ではない。

ひとりの人間が世界の全体像を把握しているのではなく、多数の人間が見た風景が多様に重なり合って世界を構成する、

との感受からだ。

今、作品を書き、読む意味は多様性がキーワード。文学は私たちの揺れる心の羅針盤だ。

その航路を示した作品を今年は多く目にした。

 

3.11以降の震災文学で出色は吉村萬壱「ボラード病」。

震災後の近未来の姿を映し出し、閉塞感漂う監視と同調社会を象徴的に描いた。

木村友祐「聖地Cs」は、生きづらさを抱える女性が原発事故の警戒区域内の牧場で見捨てられた牛の世話をする話。

一見リアリズムの成長物語を装いつつ、まがまがしさを隠して印象深い。

年末に出た辺見庸「霧の犬」は黙示録的ビジョンと不穏さで、3.11以降の荒廃した世界を示した。

 

原発事故が作家の脳裏で化学反応を起こし、近未来小説が誕生したのも今年の収穫。

出産と殺人という二律背反的な未来を描いた村田沙耶香「殺人出産」は善悪を象徴的に描き出し、社会がはらむ狂気性を示した。

多和田葉子は「献灯使」で荒廃し鎖国を続ける日本の未来を予測した。

破滅的なディストピア(反ユートピア)小説が登場したのは、警報装置としての作家の感性である。

 

一方、自分の鉱脈を掘り続けることで光を放ち、私たちの魂の羅針盤となったのは、村田喜代子「屋根屋」。

夢と現実が交錯し、空を飛び俯瞰する不思議の世界の描き方は、細かい心理の糸のありようをしめした。

津村記久子「エヴリシング・フロウズ」は、少年少女たちの息苦しさの肌感覚を描いて、逡巡と浮遊感がまばゆい。

それを読み取ることが私たちにとって大切だ。

作風を変えた島本理生「Red」も官能小説と銘打ち注目された。人間関係の距離感をはかるテーマはデビュー作以来のもので、

確かな筆が印象的だった。

戌井昭人「どろにやいと」が持つ土俗のグロテスクは、著者の一貫したモチーフ。芥川賞こそ逃したが今後に期待が広がった。

作品の一貫性では、保坂和志「朝露通信」も子ども時代の思い出にふけるという著者特有のモチーフで、凛としたたたずまいが美しい。

 

批評の分野では、若松英輔の最近の旺盛な仕事には目を見張る。

「三田文学」の編集長としての仕事の他に、評論集「涙のしずくに洗われて咲きいづるもの」では、

死者や鎮魂という言葉を、ほこりのかぶった形容から血の通った感性の「ことば」に置き換えた。

また赤坂真理「愛と暴力の戦後とその後」は文学の言葉で戦後史という物語を私的につづったこん身の作だ。

 

反知性主義横溢の中で、世界を多層的に見る視点の深化が問われる。

文学の役割は作家の思惑を超え重要だ。今年は大西巨人、渡辺淳一、稲葉真弓、赤瀬川原平らが鬼籍に入った哀悼の念に堪えない。

 

文芸評論家 横尾和博

 

2014年12月11日 茨城新聞より  

 

 

 

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