2015年3月8日 北海道新聞 書評


 

「私はテレビに出たかった」 松尾スズキ 著

 

テンポよくリズムにのり、躍動感あふれる小説だ。場面転換や凝縮された描写もうまい。

ストーリーも奇想天外で読者を引き付ける。サラリーマンを主人公にした小気味よい冒険譚だ。

さすがに俳優、脚本家として活躍し、小説家としても好評を得た著者の本領発揮である。

テレビドラマを見ているような錯覚を抱くのは私だけだろうか。

 

大手外食チェーン店人事部に勤務する43歳の倉本は、自社のテレビCMに端役で出演することになったが、

収録当日失態を演じてキャンセルされる。

だが「テレビに出たい」との願望が目覚め、その高揚感と魅力が忘れられずに劇団の俳優養成所に入る。

「個性のない顔」がエキストラ向きと判断され、テレビ出演をめざす。

彼には高校生のころテレビインタビューを受けたときの失敗が心の傷となっていた。

片や小学5年生の娘は学校の中にトラブルを抱えている。

物語は後半部分からさらに登場人物たちの内面の過剰が溢れ、疾走していく。

 

作中人物たちは、みな一様に鬱屈を抱えている。妻は父の死のこと、女優となった高校の同級生は万引癖、

子役たちは家族とのことなど、心の欠損を隠して役割を演ずる。その心理のあやが妙味である。

 

テレビは虚の世界である。ドラマやバラエティーはもとより社会情報、報道分野でもその恣意性と映像インパクトにより虚が作られる。

実像と思えてもそこには過度な「演出」がからむ。

またテレビは人間の自尊心や虚栄心を食い物にする。自己発現のためにテレビに映りたいとの欲望を刺激し、回収するのだ。

著者は欲望の根拠を熟知し、虚の側を自覚しつつ、その場所から見える実の世界を描こうと努力している。

つまりテレビや舞台の裏側から、視聴者や観客の実像を大切に、ていねいに見詰めているのだ。

 

型やぶりの本書に抱腹絶倒である。しかしサラリーマンを主人公にした小説はいつも切ない。

読後に「面白うてやがて悲しき」の心境だ。著者の筆の冴えである。

(朝日新聞出版 1944円)

 

 

文芸評論家 横尾和博

 

2015年3月8日 北海道新聞より  

 

 

 

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