2015年5月3日 北海道新聞 書評


 

「スラップ」 クリストス・チョルカス 著

 

オーストラリアを舞台にした、本書の磁力に引き寄せられた。理由はふたつ。

2013年太宰治賞を受賞した岩城けい『さようなら、オレンジ』が、同国を舞台にした移民小説で興味を覚えたからだ。

同作はアフリカ難民の女性が、異文化のなかで子育てや労働に励む姿を描いた秀作だ。

 

もうひとつは、本書冒頭で多くの登場人物がパーティーに集う場面があり、そのカーニバル(祝祭)的空間に心躍ったからである。

文学におけるカーニバル性とは、ドストエフスキー作品の特徴として知られる。

 

本書の登場人物たちの出身国や民族はギリシャ系、ユダヤ系、インド系など多様である。

社会階級も異なり、思想や宗教、価値観をはじめ世代、家庭環境も相違する。つまり「異」や「違」が全体を覆っているのだ。

 

物語は週末の午後メルボルン郊外の家でバーベキュー・パーティーを楽しむ人の中で起きた「事件」を契機として始まる。

ホストである43歳のヘクターは、ギリシャ系移民2世で公務員。妻とふたりの子どもに恵まれている。

参加者のなかのひとりの子どもが野放図に振る舞い、それをみかねた男が平手打ち(スラップ)を食らわす。

その音が響きわたり、人々は一瞬にして凍りつく。

 

なにげない日常のなかでの異質な事件を契機に、人々の感情は揺れ動き、ドラマが生まれる。

人物たちの発する言葉とは裏腹に過剰な内面の声があふれだす。まさにドストエフスキー的だ。

 

本書の魅力は視点人物が八つの章に分かれ入れ替わるだけでなく色、音、臭い、肌触りなど五感に根差した表現が多用され、

心理の比喩となり読者が感情移入しやすい点にある。

移民による白豪主義から多民族、多文化へと協調をめざすオーストラリア。

その文学から目が離せない。

なぜなら本書は「違い」を受容することが苦手で、少子高齢化社会が進む日本の近未来を暗示しているからである。

 

(港圭史訳/現代企画室 2700円)

 

 

文芸評論家 横尾和博

 

2015年5月3日 北海道新聞より

 

 

 

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