2015年5月3日 山口新聞 書評


 

「麦主義者の小説論」 佐伯一麦 著

 

著者は私小説に固執する作家であり、それを終生のテーマとしている。

最近も「還れぬ家」、自選短編集「日和山」など旺盛な執筆活動を続けており、本書は初めての小説論集である。

題名の「麦主義者」は、ゴッホの描いた麦畑の絵から筆者が「見慣れたものを仔細に書くことの意味」を知り、

筆名にも「麦」の字を使ったことに由来する。

 

「描く対象が作者と直結するのは、感覚や観念からではなく、生活を通してだ」と書かれた一文から分るように、

生活者の視点こそが彼の書く根拠なのだ。

日々の暮らしや労働を基盤に置く吉本隆明の「25時間の思想」のように一日24時間は生活者として存在していても、

「25時間」のところで自分のよって立つ文学の場所を保持している。稀有な作家だ。

 

著者は1959年仙台市生まれ。高校時代から小説を書き始め、卒業後上京。週刊誌のフリーライターや建設現場での

電気工を務め、茨城県古河市の工業団地で配線工の仕事にも従事した。二足のわらじを履きながら、25歳の時に

「木を接ぐ」で海燕新人文学賞を受賞。その後も過酷な勤務を続けながら書き続け、過去の労働でアスベスト粉じん

を吸ったことにより、今なお病とも付き合う。

 

配線工の経験は一昨年の「渡良瀬」に詳しくつづられている。

現在は故郷の仙台在住だが、3・11の際には家の中が壊れ、電気、ガス、水道などのライフラインが停止。

故郷の海は荒れたままだった。

その震災経験で「読み落としていた作品の意味に気付かされること」があると書く。

 

本書は既に発売された作家論や作品論などを七つの章に分けて編集。

圧巻は「私小説論」と題された章で、和田芳恵、坂上弘などに触れた作品群が光彩を放つ。

かつて平野謙は私小説を「破滅型」「調和型」に分類した。

現在では西村賢太が前者で、著者は後者。

生活の延長線上に凛としてたたずむ著者の後ろ姿が美しい。

肉体労働を経験しながら筆を摂った著者の手からは強靭としなやかさが漂う。

 

(岩波書店 2484円)

 

 

文芸評論家 横尾和博

 

2015年5月3日 山口新聞より引用

 

 

 

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