「SOY!大いなる豆の物語」 瀬川深 著
本書の夏の主人公は大豆。そして脇役は日本の農業と東北である。
舞台の日本、パラグアイ、旧満州(現中国東北地方)が横軸なら、千年の東北史が縦軸。壮大な物語だ。
表面的なストーリーはこうだ。
有名大卒ながら無職で日々鬱屈した生活を送る27歳の原陽一郎に、ある日不思議な手紙が舞い込んで物語が起動する。
南米パラグアイの巨大な穀物メジャーのCEOが亡くなり、遺産管財人に指名されたのだ。
なぜ巨大企業のルーツが陽一郎とつながるのか。
彼の父方の故郷、岩手県東北部から満州へ、そしてパラグアイと物語は動く。その基には大豆がある。
自分と一族のルーツを尋ね歩く彼は、奥州の負の歴史を目にする。
平安時代に坂上田村麻呂に攻略されたことを含め、岩手は数百年ごとに敗北した歴史があったのだ。
また、米の生産に向かないこの地では昔からヒエやアワなどの穀物であることを認識し、
探索行を通して人との出会いを契機に自己を取り戻す。
伝統的な「探し、発見」する小説手法、若い男性の成長物語。だがふつうのビルドゥングスロマン(教養小説)
と一味違うのは、農業や食糧の問題点のなかに人の要素をきちんと書き込んでいること。
いまTPPで日本の農業は岐路にたたずむ。日本独自の安全基準のルール変更や食料自給率への不安もある。
一方で有機栽培など自然食品への志向も強まっている。
ゆえにこの時代をよく見渡し、広い視野に立って警鐘を鳴らす作品でもある。
最後に気がついた。
彼はコンピューターの仕事に就き、無職になっても昔の友人たちと一緒に物語ソフト制作に携わる。
そう、ネットワークもひとつのキーワード。
現代は生産地や流通の明確化が重要視され、農も食もネット化が基本。
そう読んでみると、本書の隠れた主人公は私たち一人一人の消費者かもしれない。奥行きが深い作品。
(筑摩書房 2268円)
文芸評論家 横尾和博
2015年7月12日 北海道新聞より