2015年8月30日 北海道新聞 書評


 

「夏の裁断」 島本理生 著

 

不思議な小説だ。

表面上は少女のころ性的被害を受けた20代後半の作家が、精神的なサディストの男性編集者に翻弄される物語。

他者との距離感がつかめず、遠近を測りかね心理的に追い詰められていく閉塞感あふれる話。

作者の特徴である恋愛というお伽話に仮託して、若い女性の寂寥感や傷ついた過去を描き、関係の隔たりを推し量る

「とまどいの島本ワールド」が存分に発揮されている。

寂寥の振拠は他者との差異感覚にあり、繊細の別名だ。主人公の心の揺れが磁力である。

本書も悪魔のような男にからめとられていく主人公の被害と加虐、悪意の臭い、心理描写が巧みで光る。

 

だが一転隠れた主題があるようにも思える。

それは主人公が作家であり、母の依頼で学者だった祖父の膨大な蔵書を自炊する場面に現れている。

自炊とは本をデジタル化するために、背表紙を断裁しスキャニングすること。

作家にとって本を断裁するのは、他人の著作でも死や自傷行為に値する。身を切られる痛みだ。

男友達が主人公の本を断裁しようとする場面も痛々しい。

 

なぜこの状況設定なのか。回答は読後にやってきた。

 

島本は15歳で『鳩よ!』掌編小説年間MVPを受賞。01年に群像新人賞優秀作に選ばれて以来同年代の綿矢りさ、

金原ひとみと並び若き書き手として注目を浴びてきた。

芥川賞にも本作で4ノミネートの実力派。

ところが芥川賞発表の7月16日、突如島本はツイッターで今後は執筆の舞台をエンターテインメント系に移すと

「純文学卒業宣言」。

純文系の雑誌にはもう書かないというのだ。

彼女の心境の変化はわからないが、不思議な雰囲気を醸し出している真の意味がわかった。

本を裁断する寓意は、書く行為を本質的に問うと同時に、純文学決別宣言、過去の総決算的意味ではないのか。

そういえば主人公が書くことに悩む姿も描かれていた。

ゆえに背景の奥行きの深さと、繊細な言葉の密度の濃さが本書の魅力。

 

作者には見えている文学の未来の風景に期待したい。

 

(文芸春秋 1188円)

 

 

文芸評論家 横尾和博

 

2015年8月30日 北海道新聞より

 

 

 

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