2016年8月7日 福井新聞 書評


 

 「コンビニ人間」 村田 沙耶香 著

 

第155回の芥川賞作品だ。

筆者はもっと早く受賞してもよかった実力派である。

 

「授乳」で2003年にデビューして以来、家族、特に母との確執や第2時性徴期・思春期の不安、性や出産をめぐる葛藤、

他者との関わりが不器用な登場人物などを描き、「村田ワールド」とも呼ぶべき独特な世界を築いてきた。

本書でも、その特徴が遺憾なく発揮されている。

 

「私」は30代の独身女性。普通の家に生まれ育った。

しかし周囲からは「少し奇妙がられる子供」だった。

死んだ小鳥を公園で見つけ、焼き鳥が好きな父親のために家に持った帰り、焼いて食べよう、と言って周囲を驚愕させた

りする。

成長して必要なこと以外の言葉はしゃべらず、自分から行動しないようになった「私」は、学生時代の友人からも仲間扱

いされない。

 

アルバイトで始めたコンビニ店員を天職と感じ、「初めて世界の部品になることができた」と認識する。

結局、同じ店舗で18年間働いた「私」は同僚から異端者扱いされるが、本人は気付かない。

 

ある日、自己認識が甘くゆがんだ性格の若い男性がアルバイトに入った。

彼は「私」のアパートで共同生活を送るようになり、彼の助言で長年勤めた店を辞めた「私」は、新たな就職先を探そう

とする。

その時、コンビニの声が聞こえ、自分は人間としてはいびつだが、コンビニの部品として生きがいを感じてることに目覚

める。

 

「私」は「あちら側の世界」にいってしまった人間だ。

筆者が好んで使う「あちら側」と「こちら側」の概念は、日常の中で物の見方や考え方の少しばかり位相のずれを拡大さ

せたものだ。

そして「私」は「いま、ここ」を生存の根拠としていない者の象徴でもある。

 

本書の行間からは社会不適合者、と言われる人間こそ真実の種を隠し持っており、いびつ、奇妙、異形な者とは文学の代

名詞との比喩が読み取れる。

99%の正論より1%の異論に照明を当てるのが文学者の役割。

著者には今後も「あちら側の世界」の花を咲かせてほしい。

 

(文芸春秋・1404円)

 

文芸評論家 横尾和博

 

2016年8月7日 福井新聞 より

 

 

 

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