2016年10月30日 デーリー東北 書評


 

 「手のひらの京」 綿矢 りさ 著

 

なまめかしい小説だ。

舞台は京都、登場人物は3人の姉妹。

だがその生き方、考え方に違いがあり、キャラクターがくっきりとして、巧みな心理描写とともに読者を物語の世界へ誘う。

 

長女の綾香は31歳で図書館勤務。

おっとりして控えめな性格で、付き合う男性もなく適齢期を逃す悩みを抱えている。

次女の紹介でお見合いをしたが、結婚までたどり着けるのか、ためらいと不安に揺れている。

 

次女の羽依は、明るく社交的な性格で行動派だ。

一流会社に勤めながら恋愛に奔走する。

入社した時の研修担当の上司で、女子社員に人気の男と付き合いかけたが、嫌な性格が見えてきて別れようとしている。

だが男がストーカーのように変身し、新しく付き合い始めた同期の男ともうまくいかずに悩む。

 

三女の凛は大学院生。

バイオを研究し東京に出て大手菓子メーカーの研究所に就職、自活することを望むが、末っ子を手放したくない両親の

猛反対で彼女は苦しむ。

 

皆が悩みを抱え、両親との5人の一家だんらんは続くものの、それぞれの旅立ちに家族は揺れる。

物語を貫くモチーフは旅立ちである。

 

また小説の核は凛が幼い頃から見る悪夢だ。

1200年以上続く京都の地霊、妖魔たちが騒ぐような夢である。

凛が東京に出ないと生涯京都から離れられないと感じる思いは、自分の殻を打ち破ることができない自縄自縛を比喩して

いる。

 

一見ありがちな青春小説だが、姉妹は折れそうで折れない芯の強さ、柳の木のようなしなやかさを持つ。

それは作者の肯定的な人間観による。

 

本書の登場人物は作者の造形だが、風土が生み出した実在の人物のように小説空間を自由に動き回る。

京都の風、陽光、水の流れ、山の稜線の情景描写も卓越しているが、色、音、匂いなどは作者の感性ではなく三姉妹の

肌の感覚である。

どうりでなまめかしいはずだ。

京ことばも生きていて、この都を歩いていると、実際にこの三姉妹に会えそうな気がした。

 

(新潮社・1512円)

 

文芸評論家 横尾和博

 

2016年10月30日 デーリー東北 より

 

 

 

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