「手のひらの京」 綿矢 りさ 著
なまめかしい小説だ。
舞台は京都、登場人物は3人の姉妹。
だがその生き方、考え方に違いがあり、キャラクターがくっきりとして、巧みな心理描写とともに読者を物語の世界へ誘う。
長女の綾香は31歳で図書館勤務。
おっとりして控えめな性格で、付き合う男性もなく適齢期を逃す悩みを抱えている。
次女の紹介でお見合いをしたが、結婚までたどり着けるのか、ためらいと不安に揺れている。
次女の羽依は、明るく社交的な性格で行動派だ。
一流会社に勤めながら恋愛に奔走する。
入社した時の研修担当の上司で、女子社員に人気の男と付き合いかけたが、嫌な性格が見えてきて別れようとしている。
だが男がストーカーのように変身し、新しく付き合い始めた同期の男ともうまくいかずに悩む。
三女の凛は大学院生。
バイオを研究し東京に出て大手菓子メーカーの研究所に就職、自活することを望むが、末っ子を手放したくない両親の
猛反対で彼女は苦しむ。
皆が悩みを抱え、両親との5人の一家だんらんは続くものの、それぞれの旅立ちに家族は揺れる。
物語を貫くモチーフは旅立ちである。
また小説の核は凛が幼い頃から見る悪夢だ。
1200年以上続く京都の地霊、妖魔たちが騒ぐような夢である。
凛が東京に出ないと生涯京都から離れられないと感じる思いは、自分の殻を打ち破ることができない自縄自縛を比喩して
いる。
一見ありがちな青春小説だが、姉妹は折れそうで折れない芯の強さ、柳の木のようなしなやかさを持つ。
それは作者の肯定的な人間観による。
本書の登場人物は作者の造形だが、風土が生み出した実在の人物のように小説空間を自由に動き回る。
京都の風、陽光、水の流れ、山の稜線の情景描写も卓越しているが、色、音、匂いなどは作者の感性ではなく三姉妹の
肌の感覚である。
どうりでなまめかしいはずだ。
京ことばも生きていて、この都を歩いていると、実際にこの三姉妹に会えそうな気がした。
(新潮社・1512円)
文芸評論家 横尾和博
2016年10月30日 デーリー東北 より