2017年6月25日 西日本新聞 書評


 

 「みみずくは黄昏に飛びたつ」 村上春樹・川上未映子 著

 

数ある村上本のなかで画期的な作品だ。聞き上手の川上未映子の話力と村上の真摯な受け答えが光っている。

村上春樹は自分の文学上の転換点に立つと、その時点でのインタビューや対談でさりげなく重要なことを言う。

たとえば阪神大震災とオウムによる地下鉄サリン事件の後は、河合隼雄との対談で、それまでの社会と関わらない姿勢から、

文学における関わりの必要性を語った。

 

本書は村上の『騎士団長殺し』の創作秘話と文学論のふたつに分けられる。

この最新作は最初に頭に浮かんだ題名から決め、主人公は肖像画家との設定であとはノープランで書き始めたらしい。

また小説内の不可思議な出来事は、意味をほどいたらおもしろくない、釈明できないからこそ物語だ、と言う。

さらに驚愕は彼の語る人の魂を建物にたとえた「地下二階論」である。

村上は明治以降の自我を追求してきた従来の文学は地下一階であり、自分はその下の深層の場所で物語を紡ぐという。

地下一階部分に相当する自我の問題を近代文学はやり尽くした、との重要な発言である。

川上は執拗で、「でも太宰は今でもすごい人気です」と訊く。

村上の答えは、太宰の時代には自我のあり方の必然性があり、その発熱は今も残っている。

だがいまの作家には有効ではない、と。

この「地下二階論」は、十数年前から折に触れて語っていたが、多くの読者の前に詳しく開陳されるのは初めてだ。

後世に残る発言であろう。あまたの村上批評本のなかでもなぜか軽視されてきたテーマである。

 

川上は作家と一般愛読者の代表という自らの立ち位置を使い分け、感性を生かして大胆かつ緻密、執拗な質問で村上を刺激した。

7年前の対談集『六つの星星』でも、他ジャンルの権威や先輩作家を前に、臆せずに持論を述べて質問を繰り出した実績の持ち主。その才に脱帽。

ミネルバの梟(ふくろう)が飛びたつところをしっかりと見届けた気がした。

村上を敬遠する人たちにもお勧めの1冊だ。

 

(新潮社・1620円)

 

文芸評論家 横尾和博

 

2017年6月25日 西日本新聞 より

 

 

 

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