2017年10月 時事通信配信・デーリー東北 書評


 

 「影裏」 沼田真佑 著

 

 7月の第157回芥川賞受賞作品である。

この春に文学界新人賞を受けたばかりのデビュー作で金的を射止めた。

故に商業誌に載った著者の作品は、この小説一本 だけ。

文学業界にとっては新風ということになるが、

内容的にはベテランさながらの円熟を感じさせる。

時代は東日本大震災の前夜、場所は盛岡市近郊だ。

東京の本社から子会社の視点に転勤してきた男性主人公の「わたし」は、

同僚で同じ三十代の日浅という一風変わった男と親しくなり、

一緒に近くの川に魚釣りに出かけたりする。

「何か大きいものの崩壊に脆く感動しやすい」性格の日浅は、互会の営業マンに転職するが、ノルマに追われ、

「わたし」にも協力を求める。

その後、彼は行方不明になり、元の職場の人間からも借金をしていたことが判明する。

日浅は東日本大震災の日に釜石市に出掛けたというが、真実はわからない。

彼の実家をたづねた「わたし」に対し、父親は心配するどころか、彼とは縁を切ったと宣言し、

小さい頃から息子は不気味な存在だったと語る。

表面上は地方の職場での同僚との交流譚のように読める。だが秀逸なのは、/p>

性的マイノリティーと3・11というテーマをさりげなく作品中に登場させ、

さらに主人公と日浅の鬱屈も説明せずに読者の想像力に委ねていることである。

本書から見えてくるのは夜の公共の場、コミュニケーションや集いとしてのスナックである。

つまり、行と行との間ににある空白の言葉を読者に読ませるよう仕掛けている。

この手法はかなり手慣れた作家にしかできない。

新人はどうしても説明を入れたがるものだが、そこが筆者の円熟のゆえんである。

細部の描写も見事だ。

今回の芥川賞、直木賞の受賞者は二人とも地方在住の作家だ。

偶然とはいえ、これからの文学シーンは地方が重要なキーワードとなる。

その土地の光や風や樹木の匂いを含んだ肌感覚の文字が、

東京発の小難しい文学作品を領がするであろう。

デビュー仕立ての著者のこれから切り拓いていく世界が楽しみだ。

 

(文藝春秋 1080円)

 

文芸評論家 横尾和博

 

2017年10月 デーリー東北 より

 

 

 

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