2017年12月3日 デーリー東北「2017年文芸回顧」


 

 「2017年文芸回顧」 

 

 「われわれはとても大切な人を死によって失います。それでも彼らの記憶を持ち続けることはできる「これこそが″記憶″ の持つ強力な要素だと思うのです。それは死に対する慰めなのです」。ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの6年前の対談での言葉だ。今年のキーワードは「記憶」である。イシグロは長崎で生まれ、5歳の時に父の仕事の関係で英国に移住。その後、同国の国籍を得たが、彼にとって長崎が日本の原点だ“ デビュー作「遠い山なみの光」は、英国に住む日本人女性が戦後の混乱した時代に知り合った母娘に思いをはせる話。邦題の「光」は淡い記憶の残像の象徴でもあった。そのイシグロが敬愛する作家が村上春樹である。毎年ノーベル賞の有力候補として取り沙汰されるが、7年ぶりの長編「騎士団長殺し」は妻と離婚した画家が次々と不思議な現象に遭遇し謎が深まる、この著者ならではの物語。深層意識に刻まれた記憶としての個人の体験と戦争や厄災など社会的刻印を呼び覚ます作品だ。長崎といえば、一員して被爆と切支丹弾圧の記憶を二重写しに描く青来有一が「小指が燃える」を発表し、原爆を書くことで生まれる内面の相克を描いた。谷崎員を受賞した松浦寿輝「名誉と洸惚」は1 9 3 0 年代、日中戦争さなかの上海での混乱と激動を描き、「生きること」をテーマに生が希薄な時代に一石を投じた。7月、・芥川賞に決まった沼田真佑の「影裏」は、毀誉褒貶がありながらも「文字に書かれていない背後」を感じさせ、話題になった。他の新人賞では文芸賞の若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」が歴代最年長の63歳での受賞。この2人に共通するキーワトドが「東北」だ。 3 ・11の記憶の風化が進む中(震災文学の延長線上に位置付けられるディストピア文学の代表が、近未来の日本をモデルにした中村文則「R 帝国」。独裁国家誕生の恐怖をリアルに感じさせた。新人員では三島賞の宮内悠介「カブールの園」が印象的だった。米国で暮らし生きづらさを抱える日系3世の女性が母親や元日系人収容所を訪問し、アイデンティティーを確認する話で、過去への思いが肌感覚で語られる。柴崎友香 「千の環」も個人の記憶を自在に往還させる織物のような作品だった。 ベルリンの街を幻想的に街径いながら、誰かを探す設定の多和田葉子「百年の散歩」は「未来の記憶」を模索するよう。いぶし銀の光彩を放っているのが古井由吉である。「ゆらぐ玉の緒」は現実と幻の境目、東京大空襲や3 ・11などが交錯し、私小説のようにみせかけながら現代の語り部の存在感を感じさせる文学を創った「 記憶は変化し虚構化もするがヽ忘れてはいけないこと、心に留めておくべきこと、思い出の切れ端を表現することこそが文学の役割だ。歴史を検証し、埋もれた出来事や庶民の思い出の欠片を掘り起こすことが望まれる。記憶や言葉が残る限り、人は本当の意味では死なない。今年は被爆小説を書き続けた林京子、大岡信、三浦朱門が鬼籍に入った。哀惜の念に堪えない。

 

文芸評論家 横尾和博

 

2017年12月3日 デーリー東北 より

 

 

 

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