2018年2月 時事通信配信 中国新聞掲載  


 

 「おらおらでひとりいぐも」 若竹千佐子著

 

 本書は2017年の文芸賞を受賞し、著者は63歳。史上最年長の受賞者だ。題名は東北弁で「私は私でひとり行くから」との意味。この一風変わった題名が動力となって話をけん引する。筆者の出身は柳田国男「遠野物語」の地で、それ故か大きな寓意を作品の背後に忍ばせている。
 主人公は桃子さんという70代で一人暮らしの女性。24歳の時、東北の故郷を捨てて、上京し50年がたつ。今や息子や娘は独立し疎遠。夫は15年前に亡くなった。長い間飼っていた老犬も死に、孤独にさいなまれている。最近、彼女の心の中でもう一人の自分、また多くの人々の声も聞こえてくる。無数の声はジャズの調べのようにも思え、東北弁で饒舌に語り合う。
 「この先一人でどうやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」とひとりごちる。話す人もいない暮らしの中、上京してきた頃の愛する夫との出会いを回顧し、混乱を来すが、次第に自分は産土の地や係累としっかりつながっていることを確認していく。
 桃子さんは最後に故郷の山を思い出し、幻のように山に向かって歩く白装束の女らの長い行列を見る。それは死者たちの比喩であり、「死は生の隣に口を開けて待っている」というテーマが浮上する。死の意味を考え、死者たちの声を訊く。桃子さんは訊く人なのである。冒頭記した作品の背後に感じる寓意とはこれだ。東北の山の麓に眠る死者、大震災の犠牲者。あらゆる死者を包摂している。題名は宮沢賢治の詩「永訣の朝」死にゆく妹の声としてローマ字表記されている言葉から。本作でそれはダブルイメージとなり、現実世界を独り生き、黄泉へと一人できりで旅立つことを意味する一方、そこには「私は私で」という強い意思が屹立する。青春小説に対する「玄冬小説」との評もあるが、現代の説話と呼ぶべき本作はこのほど芥川賞候補作にも選ばれた。新しい文学の誕生として言祝ぎたい。

 

文芸評論家 横尾和博

 

2018年2月 時事通信配信 中国新聞掲載 より

 

 

 

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