2018年3月18日 北海道新聞掲載 3月31日 西日本新聞掲載  




 

 「焔」 星野智幸 著

 

 人類にとって、火の発見は明かり、調理、暖をとるなど飛躍的な生活の向上を生み出した。また火を囲んでの祝祭、炎の癒やし効果もある。
 本書は野原で数名の男女がたき火を囲んで輪になっている場面から始まり、九つの短編物語と、その間をつなぐ語り手のナレーションで構成される。物語は独立しているが語り手がつないでいく。一人ずつ「私の物語」を語り、語り終えると話者は輪からはずれ、暗闇に消えていく。時代は近未来の日本のようだ。「私たちは最後の生き残り」と滅亡の寸前の状況だ。そして次第にその様子が明らかになっていく。
 「ピンク」という章では、地球温暖化で真夏の気温が40度を超す日、若い女性が自分で涼を求め風のようにくるくると回りだす。「木星」では、国は戦争状態で、自分は変化していないのに周囲の人たちはみな変化したと感じる女性の違和感を描く。「眼魚」では、中年男がエリカの鉢植えを買うが、花は魚の眼(め)のように思える。魚の眼はかつて海辺が沈む大沈(おおしず)みが起こって、亡くなった死者の比喩として描かれる。最後の「世界大角力共和国杯」では、相撲が世界的なスポーツになり大会が日本で開催されることで民族の純血、多様性とは何か、が語られる。ほかにも拝金主義、老人と介護、水害など現代的なテーマが題材となる。最後に微(かす)かな希望が語られているのだが、その物語全体の基調はカタストロフ(破局)に満ちている。
 キーワードはラストで語られる「自分という器が確固としていれば、そこにどんな他人も入ることができる」との言葉。そして希望の象徴である「焔(ほのお)」の持つ意味だ。いまは偏狭な物語を他者に強要する不寛容な時代である。ディストピア的世界のなかで、個がしっかりと生の証(あかし)である「自分の物語」を語ることこそが、集団の論理に組み込まれず、光明への回路となる。つまり「私たち」ではなく「私」から出発するのだ。いつの世もひとりは強い。    

 

文芸評論家 横尾和博

 

2018年3月18日 北海道新聞掲載 3月31日 西日本新聞掲載 より

 

 

 

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