2019年1月13日 北日本新聞 掲載    




 

 「平成くん、さようなら」 古市 憲寿 著

 

 気鋭の社会学者でテレビコメンテーターとしても活躍中。本書は、そんな著者の小説2作目であり、第160回芥川賞候補作にも選ばれた。
 異分野からの参入は芸人の又吉直樹、演劇出身の本谷有希子ら芥川賞作家を生み出し、過去の候補作を振り返れば、映画人やミュージシャンなどの名も多く挙がる。異なる世界で開花した才能が文学 に新風を吹き込んでいるのだ。とりわけ本書は題名通り、平成の30年間の終わりを意識し、社会学的な見地から平成の意味を考察するモチベーションに支えられている。
 本書では「愛」という名の女性が一緒に暮らす恋人「平成くん」について語っていく。彼は愛と同じ1989年1月8日、元号が平 成に変わった日の生まれ。「ひとなり」と読む名は「へいせいくん」 で通っており、気鋭の評論家としてメディアで活躍中。2人の性的接触は希薄だが、心は通じ合うものがある。
愛は有名漫画家だった父親が残した著作物の管理をしながらイラストなどを手掛け、高級タワーマンションに住む。暮らしに不足はないが、「平成くん」の欠落した心の隙間は鏡のように彼女の心の 空白をも映し出す。平成という時代を象徴するブランドや高級レストラン、インターネット交流サイト(sNs)など小道具の扱いが効果的だ。
 ある日、語り手は彼から平成の終わりに合法的に安楽死すると告げられる。彼女は何とか自死を思いとどまらせようとするが、彼は 目に難病を抱え、徐々に視力を失いつつあった。
本書のテーマは安楽死と時の流れ、過ぎ行く時間への哀惜だ。時の流れは誰も押しとどめることができず、あらゆるものは劣化、風化し、安楽死を遂げていく。大正が終わり、昭和になって自死した 芥川龍之介もダブルイメージで重なるが、社会学者が時代の終幕にたたずみ、フィクションを描いたことの意味するものは大きい。目の病で先が見通せず、希望が持てない「平成くん」の比喰を読者は どう受け止めれば良いのか。時代を擬人化した着想力が見事だ。
     

 

文芸評論家 横尾和博

 

2019年1月13日 北日本新聞 掲載 より

 

 

 

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