2019年3月 西日本新聞 掲載    




 

 「ほとほと」 高樹 のぶ子 著

 

 宝石が光彩を放つような一冊 だ。四季の移ろいを背景に、歳時記の別の言葉から短編を紡ぐ。人生という糸で織られた繊細な物語からは、生の在り方が浮かびあがる。

 書名の「ほとほと」とは新年を表す言葉で、若者が顔を隠して神の化身となって「ほとほと」と唱え家女を訪れる行事に由来する。山里にひとりで住む若い女のところに新年を迎えたある夜、ひとりの若者が訪ねてきた、その若者の正体をめぐる話。「笹まつり」は1年1度、七タの夜30代の姉妹がお互いに抱いている葛藤や思いを話り合う。「月の舟」は幼いころ母親を亡くした少女のもとへと訪れる話。単身赴任の転勤族の男に水商売の女が店の営業で近づくが、好感をもってしまう姿を描いた「帰雁」。幼い娘を自分の不注意から亡くした老女が、亡き夫とともに夜空の三角を形づくる星たちに向けて飛翔する「星月夜」。 男は戦死し、女は高齢となった二人が2匹の虫となって秋の夜長を鳴き続ける「虫時雨」。

それぞれの奥深い思いは物悲しくてやるせない。全体をとおして死や老いや病が背後に存在する。登場人物は老若男女の庶民で、生者だけではなく死者も含まれる。その切なさの重量が、私たちを文学という深い場所へ誘うのだ。生者は死者へ想いを馳せ、逆に死者は現世へ未練を残す。相思相愛は著者の得意な恋愛碑であり、宝石のように思える理由だ。

 著者はデビュー以来多様な恋愛の形を描き、その名手と呼ばれてきた。恋愛は古今東西、文学の本質であり、人間関係のひとつの在り方である。これまで著者は嫉妬や自尊心、頑固や偏屈などの負の感情を、他者との恋の駆け引きのなかで表現してきた。しかし本書の読後は爽やかであり、ほんのりとした人肌の温もりを感じる。そこに著者の別の立ち姿を見た。遠くまで行く、とは著者がよく口にする言葉で彼女の信条だ。さらなる高みを期待したい。
     

 

文芸評論家 横尾和博

 

2019年3月 西日本新聞 掲載 より

 

 

 

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