2019年4月 京都新聞 掲載    




 

 「箱の中の天皇」 赤坂 真理 著

 

 著者は7年前、東京裁判を素材に16歳の少女が戦後と相対する 「東京プリズン」を発表し、話題 となった。本書も文学の視点から現代史に向き合う意欲作だ。実は5年前にも、著者は論集「愛と暴力の戦後とその後」の中で「まったく新しい物語」の可能性に言及していた。その延長線上にあるのが本書である。

 語り手の女性「わたし」の名はマリ。「東京プリズン」の主人公と同じで、著者の等身大の人物と思える。彼女は横浜の古いホテルに母親とともに泊まり、高齢の女性と出会う。小さな箱を渡されるが、女性は実在か幻影か判然としない。

 そして「わたし」は終戦直後の横浜にタイムスリップする。現れたのはマッカーサーだった。「わたし」は憲法や天皇、民主主義をめぐってマッカーサーと対峙する。そこには日本国憲法を創った GHQ民政局メンバーの霊も出現し、議論は続く。時空は飛び交い、2年前の今上天皇の「お気持ち」 表明にも耳を傾け、象徴の意味や箱に託された寓意に思いを至らせる。

 印象的なのは「民主主義というのは、死者たちのたゆみない努力のうえにできた。死者たちもまた、この世界にもの申していいはずだ」との言葉だ。高齢女性は「横浜メリー」がモデルだろう。おしろいに白のドレスをまとい、進駐軍兵士相手に路上で体を売っていたとされる彼女とマッカーサーの対置が、小説ならではの世界を醸し出す。

本書の本質は「わたし」の問いに収斂されるように、戦後民主主義や歴史の意味を間うことにある。憲法、天皇はその鍵となる言葉だ。まもなく平成が終わりを告げる今、私たち一人ひとりが問題と向き合う機会を提供してくれる。「考え続けること」と言う「わたし」。著者がこん身の力で歴史を自問する真摯な姿勢が胸を打つ。 本書には東日本大震災の犠牲者 への声を織り込んだ鎮魂の「大津波のあと」も併録され、平成の「今」を考えるのにふさわしい一冊である。
     

 

文芸評論家 横尾和博

 

2019年4月 京都新聞 掲載 より

 

 

 

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