2019年8月 十勝毎日新聞 掲載    




 

 「いかれころ」 三国 美千子 著

 

 放歌的情景に潜む胸騒ぎ

 土の匂いと光や風の肌感覚をまとった小説である。幼女のまなざしから、一見放歌的な情景を描いた言葉の端々、また行間から胸騒ぎを覚える。
 本書は南大阪の河内が舞台の一族物語。時代は1983年で、奈々子という4歳の女の子「私」視点で語られる。しかしその出来事は三十数年前の過去である。過去と現在のさりげない往還、多くの登場人物、途中での三人称視点の交錯は、深い読みを誘う筆者の巧みな計算だ。
 地元農家の長女である奈々子の母は感情の起伏が激しい性格で、本家の近くに家を建ててもらい分家した。かつて学生運動に参加していた父は養子であることの引け目から妻に頭が上らず、家になかなか帰らない。

 母の5歳年下の妹である叔母は奈々子と仲が良いが、精神を病み、いつも大切そうにかごを持っている。その叔母の縁談話が物語の中心に捉えられ、奈々子の叔母、祖父母、曽祖母、大叔母らの姿が活写される。
 一方、豊かな自然描写と対比するような差別、政治活動、精神疾患など因習的な閉鎖空間特有の排他性は読む物に胸騒ぎをもたらす。地域の異物(こともの)に対する偏見は一族の中に深い傷痕を残し、登場人物はみな欝屈(うっくつ)を抱える。その微妙な心理のあやと食い違いに読み手の心がざわめくのである。
筆者はインタビューで「河内という土地に書かされた」と語っている。土地の文学といえば中上健次を思い起こす。また、4代にわたる一族と土地の話はガルシア・マルケス「百年の孤独」に通じる。だが、本書の本当の主人公は土地なのかもしれない。題名の「いかれころ」とは、河内弁で「踏んだり蹴ったり」「頭が上がらない」の意味のことだ。
 筆者のデビュー作である本作は、昨年の新潮新人賞と今年の三島由紀夫賞に輝いた。想像力を刺激するその手腕は同時受賞にふさわしい。地域に根差した文学が見直される機会をつくった筆者が、今後どんな展望を切り開くのか楽しみだ。
     

 

文芸評論家 横尾和博

 

2019年8月 十勝毎日新聞 掲載 より

 

 

 

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