2020年2月 福島民報 掲載    




 

 福島民報 書評

 

 「出来事」 吉村萬壱 著

 私たちが生きる「今、ここ」が本当の世界であり、自分の身辺での出来事は真実だと、誰が証明したのか。ストーリーや場面は奇想天外で、本質を突く言葉の数々は圧巻だ。そもそも小説とはうその話、作る事である。本書を置いて月がたつほど、外界への違和感が強くなるのはなぜか。
 本書は十三編の連作で構成され、連続して読む事で、一つの大きな物語となる。主人公は五十代の小説家、若島孝雄。しかし作品ごとに、他の登場人物にも入れ替わる。
 冒頭で孝雄は自分が偽の世界に落ちたと感じ、本物の世界に戻るためには記録することだ、と考える。つまり本書自体は筆者執筆による小説だが、お話の中では孝雄が書いた小説、と入れ子の構造となり、読者の想像を誘う。 執筆に苦悩する孝雄は、妻の浩子と弟の清二の不倫を疑う。一方、デザイン事務所を開く清二は取引先の赤根と知り合い、赤根の妻や職場の愛人が登場して、混乱の活劇はさらに激化する。
この世界には国家により立ち入りが禁止されている地区が存在して、そこに行くと「感染」するとのうわさがある。赤根と妻、小学生の娘レナはその危険地帯である「チク」に向かうのだった。本書には民衆の笑いの文化であるグロテスク・リアリズムが底流に存在する。
 「この世界には無様過ぎるが、ちょっとだけ笑えるところが救いだ」
 本書で強調される言葉だ。笑いの後に、この世界自体が紙で出来たような薄っぺらな偽物に思え、どこかに本物の世界があるのか、と考えさせられる。
 題名の「出来事」とは大きな事件や事故ではなく、私たちの身の回りで起きるさまつな事態を指す。当然のように思っている日常の中で、小さな違和を媒介に人間存在の根本を問うている。軽妙で滑稽な物語、しかし解読は難解だ。文学の王道を行く小説である。
   

文芸評論家 横尾和博

 

2020年2月 福島民報 掲載 より

 

 

 

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