デーリー東北 文芸回顧


 

 「2016 文芸回顧」

 

 今年ほど文芸賞とは何か、を考えさせられた年はなかった。5月に三島賞受賞が決まった蓮實重彦「伯爵夫人」の件である。

内容が官能小説との批判も起きたが、むしろフランス文学者で映画評論家、元東大学長の彼が、三島賞の概念である

「新鋭」に該当するのかが問われた。蓮實も「はた迷惑」「選考委員の暴挙」と語ったが、質が高く、文壇に一石を投じる

作品であることは間違いない。

 

 「コンビニ人間」で上半期の芥川賞(7月発表)を受賞した村田沙耶香は、他者や社会に対する違和感の表現に卓越した

存在だ。

ただデビューして13年、「消滅世界」など秀作を多数発表してきた作家にいまさら新人賞の芥川賞か、とのかすかな疑問

も起きた。

 

 そして10月のボブ・ディランのノーベル賞。音楽分野での功績は異存のないところだが、果たして「文学賞」なのか、

疑問は残る。

このような現象は文学の評価基準が瓦解する中、本質的な部分での文学の概念に揺れが生じ、多面化もしていることを示す。

 

今年は夏目漱石没後100年に当たり、その名を冠した関連本が数多く出たのも特徴的だった。

漱石の功績は明治以降の近代化に伴う自我の発見であり、彼が感じた孤独が寂寥は1世紀たっても深まるばかりである。

 

 東日本大震災から5年。記憶の忘却をそがめるかのように4月には熊本地震が発生した。

文学とは人の苦しみや悲しみの代名詞でもあるが、言葉にならない言葉、沈黙の言語を紡ぐのが作家の仕事だ。

3・11関連文学では柳広司「象は忘れない」、彩瀬まる「やがて海へと届く」、村田喜代子「焼野まで」、

桐野夏生「バラカ」、木村友祐「イサの氾濫」、古川日出男「あるいは修羅の十億年」が出た。

これらはわずか3カ月の間に立て続けに刊行されたことは、作家の想像力の源泉が枯渇せず、現実と想像力の確執と

相克が今なお続いていることを映し出す。

特徴的な作品は「バラカ」。「私の『震災履歴』は、この小説と共にありました」と語る桐野は、原発4基が爆発し、

壊滅的状況に陥ったディストピアを舞台に少女をめぐる希望の物語を描いた。

 

 他にも熟成された作品が生まれ、人工知能の進化した遠い未来を描く川上弘美「大きな鳥にさらわれないよう」、

人との関係の深入りを避けてきた青年の内面を描き、谷崎賞を受賞した絲山秋子「薄情」などが目立った。

群像新人文学賞受け、芥川賞候補まで昇りつめた崔実「ジニのパズル」は、在日コリアン3世の少女の物語も短い

断章形式で描き、情念が秀逸。今後に期待が高まった。

 

 鬼籍に入ったのは津島佑子、高井有一、伊藤桂一。それぞれの世代を代表する作家で惜しまれる。

特に津島の「ジャッカ・ドフニ海の記憶の物語」は、抑圧された民衆史と国境を越えてたくましく生きる人間の多様性

を描いた遺作である。

 

 時代が画一化し、閉塞が進む状況の中で、文学という容器が問われるのは歓迎すべきことである。

枠組みを破壊するような新たな文学の出現を望みたい。

 

 

文芸評論家 横尾和博

 

 

 

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