書評

赤羽ブンガク堂


■「1Q84 BOOK3」村上春樹著

【時事通信 書評】

「1Q84 BOOK3」村上春樹著


謎が解け希望の物語へと転換

予想を覆し、昨年5月刊行のBOOK1、2と異なるイメージと構成に驚いた。
スポーツインストラクターで殺人者の青豆が自殺を試みる場面から一転しての生還、そして妊娠。
一方の主人公である小説家志望の天吾は、父との精神的和解を果たす。
前2作が暗い闇の世界なら、全体を通底するのは仄かな明るさのイメージ。
躍動的なイメージの前2作に比べ、全編に静謐(せいひつ)なイメージが漂っている。
多くの謎めいた世界から、もつれた糸を解きほぐすようなストーリー展開。
いわば死の世界から生や希望を見いだす物語へと骨太な転換が起こっている。
まるでドストエフスキー「罪と罰」のようである。
あいかわらず村上作品のコンセプトである「わかりやすいストーリーだが難解な象徴と寓意」、
例えば「リトル・ピープル」「空気さなぎ」などの造語が特徴だが、
ラストは見事にひとつの単純なメッセージへと収斂(しゅうれん)されるのだ。
それは「再生と新しい命の育(はぐく)み」である。
難解な意味は、読者がそれぞれ考えるべきだが、
私は「リトル・ピープル」を私たち庶民の中に潜む悪意や負の感情と解いた。
また本書の構成上の特徴は、青豆と小説家志望の天吾のパラレルワールドにプラスして、
前2作では脇役だった牛河が謎の物語を解明する探偵役になっていること。
この脇役の存在は、二つの月が見える非現実的な世界での悪を際立たせ、そこで紡ぐ純愛ストーリー、善の物語を陳腐化させないための工夫である。 世界を動かすシステムに対し、個はいかに向き合うことが可能なのか。
この問いかけこそが、村上作品が世界に広がり、広い読者を得る理由である。
本書のメッセージである新しい生は、希望のない時代、まがい物が横行する時代にあって、読者の心を癒し、灯を照らす。
もっと続きを読みたい、1Q84の作品世界にとどまっていたい、と願うのはわたしだけであろうか。
                                                                 (文芸評論家・横尾和博)

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