文藝同人誌の最前線 〜ブンガクの未来〜

文学に未来はあるか。
いま私が考えている大きな問いだ。未来とは何年くらい先をイメージするのか。
また文学の概念とは現在の「純文学」のことを指すのか。
そのような問いを自ら発しながらも疑問や答えに窮することは多々あるが、
今回から「文芸同人誌の最前線」と謳って、同人誌のなかで目についた作品をネット上でとりあげようと思う。


■ 第1回 2018年8月

私なりの目的は文学の未来の可能性を探り、その一因を同人雑誌に求めてみたいからである。
ここは現在の文学状況を語る場ではないので、詳細は避けるが「平成文学」が終わろうとしているいま、新しい書き手による新しい文学の可能性を探求してみたいからである。
不可思議な人間存在の謎を解き明かすような、琴線に触れる作品を読んでみたいからである。
当然商業誌にも若い世代の作家を中心に文学の可能性を感じる作品は存在する。
また文藝同人誌以外の、目に触れない公募新人賞の応募作もあるかもしれない。
取りあげるのは毎月数誌のみで作者も偏る可能性もあり得るが、あくまでも私がイチオシの作品である。
また私が入手した雑誌なので、全国の同人誌をくまなく見ているわけではないので、その点は留意してほしい。
今回は初回なので、今年4月以降くらいから刊行された同人誌のいくつかを紹介しながら順不同に考察する。

まずは「文學界」七月号に二〇一八年上半期同人誌優秀作として転載された小畠千佳「二つに一つ」。
大阪の「あるかいど」63号に掲載された作品である。
小畠はこれまでも目を惹く作品を発表していたが、今回は阪神淡路大震災と東日本大震災の2つ厄災をモチーフとしながら、水商売の店を経営する女性の語りの口調で、あくまでも小さな物語としての自分固有の人生を、主人公に回顧させる。
個性的な形容や比喩を入れることが望まれるが、時代を超えてテロ・戦争、厄災など大きなテーマと個人の物語の対比と内在化は文学のひとつの形である。
田中さるまる「町工場に住む」(「ココドコ」)は東大阪のものづくりの中小企業が集まる地域で、
親から引き継いだ鉄工所を経営するがうまくいかない四十歳の社長が主人公。
登場人物のキャラクターがとてもよく、近くのコンビニで働く若い女性がいきいきとして、
主人公の内部に届く他者の視線の役割を果たしている。
中小企業の経営の困難さを具体的に描いて、社会性もある秀作だ。
生活者の視点で、仕事の困難さを描くことはプロ作家でもなかなか難しい。
なぜなら労働の現場を知らないことや従事したことがないからである。
そこが逆に同人誌の書き手は強みになるのだ。

望月なな「ひとひらひらひら、その終焉。」(「mon」12号)は、地方に住む女子高校生が主人公で同級生男子への想いを、
雪に託しながら、不確定な未来や自己を、使わなくなったビニールハウスに籠り見詰める作品。
題名が卓越して、思春期の不安定な心情がよく表現されている。
その思春期の迷いを個性的にどう描くのか、今後の課題である。
迷い、特に青春時代のそれは人間の永遠のテーマ。未来に届くであろう。
青春譚といえば、今回の芥川賞候補作の二編。
古谷田奈月「風下の朱」と町屋良平「しき」。
「美しい顔」問題で影が薄くなったか。両者ともに三十代で、素材は大学の女子野球、片や高校生たちの交歓譚で、
一見ありふれた青春物語に見える。
古谷田は自分のなかにある女性性に甘んじないという登場人物を配し、公正や公平の問題を隠れモチーフとして提起する。
町屋は現代の若者言葉を取り入れ、悩む主人公が「考えつづけることを考えよう」と意志する。
両作とも本質は人間存在の探求や思考の重層性を伝える。
堀田明日香「短い夜、弐番目に陥る」(「じゅん文学」96号)は女子学生が恋人との三角関係に悩みながら、それまでの引っ込み思案だった自分の殻を脱皮しようと試みる。
発達障害が隠れモチーフで、色彩や匂いなど五感表現に作者の個性がよく発揮されている。
文学とは虚飾を剥ぐものであり、オオヤドカリやセミヌード写真などの小道具にうまく比喩されている。
大切なことは何も書かれていない、との黙説法(レティサンス)をよく理解している書き手だ。
阿部千絵「穴の中」(「彩雲」11号)は古墳の遺跡発掘現場で、土を掘る作業に従事する三十代と思われる女性が主人公。
その孤独感をよく表現している。
背景は一切描かない短編の妙味がある。
作者は昨年「全作家文芸時評賞」を受賞。
その作品「散歩」が、今年4月発売の日本文藝家協会編の『文学2018』(講談社)に選出された実力のある書き手。
自分の世界観、文学観を保持している。
和田麻希「飢渇川」(「農民文学」318号)は感覚、比喩、文章力で抜きんでている。
山の麓の川べりの地にひとり住む四十代女性の過去と現在。
親と自分、そして娘と三代の葛藤を織り交ぜた人生模様が題名に比喩されている。
惜しいのは後半に失速し、小説の濃度が薄くなってしまうことで、もっと短くすればよくなるだろう。
                                                           (了)

 

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