文藝同人誌の最前線 〜ブンガクの未来〜

文学に未来はあるか。
いま私が考えている大きな問いだ。未来とは何年くらい先をイメージするのか。
また文学の概念とは現在の「純文学」のことを指すのか。
そのような問いを自ら発しながらも疑問や答えに窮することは多々あるが、
今回から「文芸同人誌の最前線」と謳って、同人誌のなかで目についた作品をネット上でとりあげようと思う。


■ 第10回 2019年6月

 小説を書こうとする者は、小説のよい読者でなければならない。
 どんなことでもそうである。スポーツを例にとれば、興味だけで野球をやっても上達しない。キャッチボールやバットスイング、投手の投球術など、プロの動作をよく見て練習しなければならない。
 同様、まずよい小説の読者として小説のストーリー、構成、比喩や形容、心理や情景描写、深い人間観察などを学ぶ必要がある。
 ところが最近の書き手志望者の多くは、現代の小説や近代文学を読まない。具体例をあげると月刊の純文学の文芸誌、『文學界』や『新潮』は売上部数数千部である。純文学の小説の初版刷り部数も数千である。
 しかし新人賞の応募はどの誌にも毎回1500人くらいの応募者がいる。各地で開催される文学フリマへの出展者と来場者も多い。書きたい人は多いが、現代文学を読んでいない、という逆比例現象が起きているのである。
 その理由はネットの影響で、自己表現意欲はあるのだが、学んでいない、という悲しい事実である。草野球はやるけど、プロ野球や大学、高校野球などをじっくり見て勉強していないということと同じである。書くことを楽しむなら、それでよい。だがプロをめざしアマチュアの最高峰を望むなら、学ぶという真摯な姿勢が問われる。
 吉本隆明は読んだり、書いたりする自分にとっての文学とは「自己慰安」と言ったことがある。
 ではよい読者になるにはどうしたらよいのか。
 次回以降、機会があれば触れたい。

 小松原蘭「西大門」(「遠近」69号)は韓国を訪れる女性の話。女性は思春期のころに父親の勤務の都合で韓国に暮らしたことがある。懐かしい再訪であるが、女性には秘められた思いがある。民族差別、女性差別の二重の社会的テーマと少女の親への思いが重なり、読ませる。
 「ふたり」21号、白石すみほの掌編「雪の声」は、成人式を迎えた女性の雪のなかでの情景を鮮やかに描く。その色彩感覚が見事。形容のなかでは五感表現が重要なことはいうまでもない。また、掌編小説はストーリーの決め方、そして情景の濃度に左右される。その典型がこの作品にはある。
 飯田未和「羽化」(「mon」14号)、乳児を死なせた若い女性の悲しみや孤独を描く。夫や義母との距離感、家庭教師で教える女の子の妊娠などの問題があぶりだされ、凛とした小説になっている。飯田は過去に大阪女性文芸賞を受賞した実力の持ち主。今後が楽しみだ。

 【お知らせ】
 本欄は私が寄稿している全作家協会の「全作家」の「文芸時評」とは別である。同誌のコンセンプトはなるべく広く、をキーワードにしている。また本欄では特筆すべき何かを内包する作品を中心に少数精鋭で取り上げる。同人雑誌をお送りいただける方には、私どもの事務所に「お問い合わせフォーム」でコンタクトをとってほしい。掲載はご希望にそえないこともあるのでご了承いただきたい。


                                                           (了)

 

テンプレートのpondt

inserted by FC2 system