文藝同人誌の最前線 〜ブンガクの未来〜

文学に未来はあるか。
いま私が考えている大きな問いだ。未来とは何年くらい先をイメージするのか。
また文学の概念とは現在の「純文学」のことを指すのか。
そのような問いを自ら発しながらも疑問や答えに窮することは多々あるが、
今回から「文芸同人誌の最前線」と謳って、同人誌のなかで目についた作品をネット上でとりあげようと思う。


■ 第14回 2019年10月

 第3回全国同人雑誌会議が10月19日、東京で開催される。主催は『文芸思潮』と『中部ペンクラブ』で、『季刊文科』『東京新聞』『中日新聞』『三田文学』が後援している。同人雑誌の新しい繋がりや方向を目指すのが目的だ。
 交流や情報交換は歓迎すべきことだが、昨今ネットの発達で同人誌の動向や情報は昔に比べてその動きがとらえやすくなった。
 私は文学者が組織を作ることには懐疑的である。なぜなら文学は孤独のなかから生まれるものであり、集団よりひとりが強いと思うからである。
 私も日本文藝家協会や日本ペンクラブに加入してるが、健康保険の加入や言論表現の自由を守るためであり、書いたり読んだりする文学活動とは縁を持たないつもりである。放送メディアにも関わっているが、これは文学表現活動とは違い、チームでの仕事となるのだが。
 同人誌に集まる諸兄姉は、自らの文学的根拠をしっかりと見つめ、集団や組織で活動することの意味をこの際じっくり考えてみてはどうか。「私と同人誌」についてである。
 さて最近読んだ同人誌のなかで、心に残る作品を挙げる。

 秋尾茉里「季節」(「babel」3号)は、心の病に罹っている女性が主人公。その生活の荒廃ぶりを見事に描く。長いので小説の「出口」をしっかりとつけることが大切かもしれない。あるいは短くするのも方法のひとつである。内面の過剰を描くのは村田沙耶香『コンビニ人間』、今村夏子『むらさきのスカートの女』など現代文学の最前線である。小説の基本である描写と会話、少ない説明の3つを基本にがんばってほしい。
 三上弥栄「りだつダイアリー」(「星座盤」13号)も鬱状態の若い女性の仕事復帰を描く。日記の記述をもとに、ラストに叙述文をもってくる構成。通勤時「長い地下鉄の階段を下りていくと、そのまま足を滑らせて頭から地下に吸い込まれそうになる」との感覚は、勤め人ならではの鋭敏な感覚ですばらしい。最初の日記の部分から叙述文で、薬漬けの苦悶や感覚を描いていくともっとよくなる。心の病の主人公の日記、という構成は昔からあるパターン。むしろ作者の個性を生かしてはどうだろう。
 水無月うらら「可燃」(同上)はネットで知り合った30歳年上の男性と親密になる女性の語り口調で、プロットやコンセプトはよくある話だが、水無月の巧さがリズムのよさと軽妙な語り口に表れる。比喩もところどころに散りばめられているが、この女性の心理描写、情景描写を増やし、説明を減らすとさらによくなる。すぐれたストーリーテラーであることは間違いない。
 金沢美香「公民館」(同上)は非正規雇用で働く男性の話。人と関わるのが苦手な彼は、雇用打ち切りを会社から通告され故郷に帰る。主人公の鬱屈がよく描かれている。この素材もよく同人誌で見られるが、作者の個性をさらに発揮すればよい作品になる。ラストで作者の感性のよさをみた。
 美月麻希「白い骨眠る谷底」(「白鴉」31号)は題名に魅かれた。内容も興味深い。ただ方法上の問題として人称や視点を変化させる挑戦はかうが、ふつうの叙述でむしろたたみかけるような描写を用いたほうが作者の個性が光ると感じる。

 【お知らせ】
 本欄は私が寄稿している全作家協会の「全作家」の「文芸時評」とは別である。同誌のコンセンプトはなるべく広く、をキーワードにしている。また本欄では特筆すべき何かを内包する作品を中心に少数精鋭で取り上げる。同人雑誌をお送りいただける方には、私どもの事務所に「お問い合わせフォーム」でコンタクトをとってほしい。掲載はご希望にそえないこともあるのでご了承いただきたい。


                                                           (了)

 

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