文藝同人誌の最前線 〜ブンガクの未来〜

文学に未来はあるか。
いま私が考えている大きな問いだ。未来とは何年くらい先をイメージするのか。
また文学の概念とは現在の「純文学」のことを指すのか。
そのような問いを自ら発しながらも疑問や答えに窮することは多々あるが、
今回から「文芸同人誌の最前線」と謳って、同人誌のなかで目についた作品をネット上でとりあげようと思う。


■ 第17回 2020年1月

 今回は同人誌のなかでの2019年年間ベストを挙げておこう。
 私の寄稿先全作家協会の「全作家文芸時評賞」が休止になったとのことで、それに替わり記しておきたい。
 私が読んだ範囲での評価であり、全国には未読の誌がたくさんあろうと思うが、ひとつの指標とされたい。
 ベスト10を挙げてみた。

 ベストワンは米沢朝子「海蝕譚」(「蒼空」24号)。米沢は私が知る限り、現在の同人誌界のなかでトップである。プロ作家としても十分に通用する力の持ち主だ。いまの商業出版の状況と合わないだけである。この作品は太平洋沿いの過疎が進む小さな港町での話。男の語り口調で息苦しい庶民の生き様と幻想的な情景を活写した。比喩や形容に優れている。米沢は高知文学学校でも活躍しており、地域文学の灯を照らしている。
 飯田未和「羽化」(「mon」14号)は大阪文学学校受講生で作る雑誌を主宰している。同作は、死んだ乳児に対する若い母親の悲しみや孤独を描く。夫や義母との距離感、家庭教師で教える女の子の妊娠などの問題があぶりだされ、生とは何か、を問う凛とした小説になっている。同校関係者は過去に芥川賞、直木賞に輝き、また候補作にものぼっている。昨年の新潮新人賞受賞者も受講生である。また受講生たちの同人誌も多く刊行されており可能性を示す。「mon」同人の望月なな「炭酸の向こう」が昨年、三田文学新人賞を受賞した。
 阿部千絵「ブランコ」(「彩雲」12号)は短編で、女子高校生がいじめに遭う話だが、行間から感じる救いが希望となる。比喩表現の個性もうまい実力派だ。
 堀田明日香「橋を渡る」(「じゅん文学」99号)、赤子を背負い看護のために病院へ向かう若い母親と、すれ違う女子高校生のふたりを語り手とする。それぞれの思いを語っていく構成でキーワードは雨と橋だ。人の眼には見えない橋、それを渡るとはどのような比喩なのか。書かれていない濃密な背景に想像力が及び見事。読む側の想像力を刺激するのが小説の肝である。
 木澤千「人を捨てた……」、(「九州文學」47号)は、小さな町で福祉のケースワーカーとして就職した女性の話。福祉の現場の実態がよくわかり、また視点が優れている。介護や福祉の素材も同人誌に多くみられるが、書き手が主人公に託した視点とテーマが大切である。
 キンミカ「チキンファット」(「mon」15号)は、思春期の女性の鬱屈を情念溢れる文体で描く。定時制高校、貧困、在日コリアンなど他の書き手には及ばない優れた内容が書かれる。深刻だが、だが社会問題に落とし込まず、人の生き方を文学として描く。心理の深い洞察と比喩や形容があればトップクラスで商業誌新人賞も夢ではない。
 角田真由美「蛍の村」(「詩と眞實」839号)は東京で事業に失敗した夫婦が、妻の知人の田舎へ逃亡をはかり、空き家に住む。過疎の村の人々との人間関係が難しく、親切だがいつも見張られているようだ。ストーリー展開は申し分ないが、村の情景と語り手である妻の「私」の心理をさらに描写したほうがよい。「闇に溶けて、私達も闇になる。私という肉体の形がなくなればいい」との秀逸な表現が目を惹く。さらにこのような描写と比喩があれば完璧である。
 中部ペンクラブ文学賞受賞の大西真紀「ジャングルまんだら」(「中部ペン」26号)、南の島に出かけた女性四人が、シャングルの奥深くに迷い遭難する話。女性のキャラがそれぞれ立ち、冒険譚ではあるが筆力がある。
 津木林祥「フェイジョアーダ」(「せる」110号)は語り口調が絶妙で、長い作品を飽きさせない。題名はブラジルの代表的な料理で、豆を基本にしたシチューやカレーのようなもの。60過ぎの男性が自分の転変の多かった人生を振り返るエンタメ風な話。ブラジルからダンサーとして来日した女性に惹かれた過去が物語性をはらみ出色だ。
 白石すみほ「蛇(カカ)の目」(ふたり22号)は、伝説や伝承を基に土俗性をベースにおく。湖、沼、池など水のモチーフがすぐれており、幻想的なミステリとしても読むことができる。地域に根ざした同人誌の可能性を示す。



 【お知らせ】
 本欄は私が寄稿している全作家協会の「全作家」の「文芸時評」とは別である。同誌のコンセンプトはなるべく広く、をキーワードにしている。また本欄では特筆すべき何かを内包する作品を中心に少数精鋭で取り上げる。同人雑誌をお送りいただける方には、私どもの事務所に「お問い合わせフォーム」でコンタクトをとってほしい。掲載はご希望にそえないこともあるのでご了承いただきたい。


                                                           (了)

 

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