文藝同人誌の最前線 〜ブンガクの未来〜

文学に未来はあるか。
いま私が考えている大きな問いだ。未来とは何年くらい先をイメージするのか。
また文学の概念とは現在の「純文学」のことを指すのか。
そのような問いを自ら発しながらも疑問や答えに窮することは多々あるが、
今回から「文芸同人誌の最前線」と謳って、同人誌のなかで目についた作品をネット上でとりあげようと思う。


■ 第3回 2018年11月

 文学作品の読み方について書く。書き方ではない。
 私たちは小説、特に純文学を読むときに、どのように読むのだろうか。
 ストーリー、主人公や登場人物のキャラクターをおもしろく読むのは当然としても、取り上げられている素材、文体、描写の緻密さなど、読み手により人それぞれ違うであろう。
 ただ芸術としての文学には「芸」があるはずだ。誰が読んでもなるほど、と簡単する文章技術である。それをリズム、転換、凝縮、比喩に分けてみると、芸としてのよい小説に巡りあわない。
 特に同人誌にはこの芸が皆無といって過言ではないのだ。
 逆にストーリーを書けば小説だと誤解している向きもある。ストーリーだけでは単なるお話で、文学ではない。それを理解することから始めるべきである。

 眞住居明代「みちるさんのしあわせ」(「老人文学」3号)は、洋裁を生業とする七十代女性の週一回の楽しみ。彼女の過去を重ね孤独の根拠を描き好編である。素材の選択が上手な作品である。
 望月なな「おしなべてまりか」(「mon」13号)は三田文学新人賞の最終候補作に挙がった作品だ。素材もおもしろくデパート、マネキンなどあまり知られていない世界。都会で働く独身女性の孤独、ストーカー的な視線で同性を見詰めるねばつく視線にひき込まれる。今回のなかで図抜けている。これは文学の芸の質を確保している。
 同じく「mon」13号の浅井梨恵子「遠いところ」は短編で、若い夫婦を描いてそれぞれの屈託が上手く表現されている。比喩や形容や心理を磨くとさらによくなる。短篇らしい結末の落としどころも工夫かと思うが、印象的な作品だ。
 井上豊萌「ミナモ」(「バベル」2号)は書き出しの一行から「生意気な目玉を拾ったのは」と読み手をハッとさせる表現で着想が魅力的だ。才能のある書き手だと推測するが、比喩や形容が少し技巧に凝りすぎており、ストーリーが甘いのでもうひと工夫したい。
 本欄は私が寄稿している全作家協会の「全作家」の「文芸時評」とは別である。同誌のコンセンプトはなるべく広くをキーワードにしている。また本欄では特筆すべき何かを内包する作品を中心に少数精鋭で取り上げる。同人雑誌をお送りいただける方には、私どもの事務所に「お問い合わせフォーム」でコンタクトをとってほしい。掲載はご希望にそえないこともあるのでご了承いただきたい。
                                                           (了)

 

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