文藝同人誌の最前線 〜ブンガクの未来〜

文学に未来はあるか。
いま私が考えている大きな問いだ。未来とは何年くらい先をイメージするのか。
また文学の概念とは現在の「純文学」のことを指すのか。
そのような問いを自ら発しながらも疑問や答えに窮することは多々あるが、
今回から「文芸同人誌の最前線」と謳って、同人誌のなかで目についた作品をネット上でとりあげようと思う。


■ 第5回 2019年1月

 同人誌には作品のストーリーだけを書いて、それが文学であり、小説であると勘違いしている向きが多い。ストーリーだけでは文学とはいわない。なぜなのか。それは文学を志望する各人がぜひ考えてほしいことである。
 また小説技法の問題だが、一般的に小説は叙述文(説明文)、描写、会話がそれぞれ三分の一ずつ、というのが定番である。もちろん例外は多く存在するが、まず小説を学ぼうとするならば、この定番にのっとり書いてみることが必要だ。同人誌作品には叙述(説明)が多いのも特徴で、それは映画やテレビドラマがすべてナレーションで構成されているのと同じこと。読者は作品についていけずに、作品世界に没入できない。
 小説技法を学ぶことも、文学精神同様に大切であることは言うまでもない。

 米沢朝子「あうら・aura」(「蒼空」23号)は連作の最終章「飲月」。作者は現在の同人界ではトップクラスの筆の持ち主で、プロ作家同様である。作風がいまの商業出版と合わないだけであり、作品の香りと格調の高さが漂ってくる。米沢は高知文学学校の運営にも携わる。今後も作品に注目したい。
 猿渡由美子「うからやから、そしてウチムラ」(「じゅん文学」98号)、猿渡はストーリーテラーとして全国の同人誌の書き手のなかで突出した上手さが目立つ。独身の公務員の40男の鬱屈や心理を周辺の女性たちとの関わりのなかで描く。登場人物のキャラも立つ。
 同誌同号の堀田明日香「カマキリの背中の羽は、花びらでできている。」は五感感覚の形容に優れ、作者固有の詩のリズムを獲得している。個性的な比喩や形容を磨き、純文学かエンタメか自分の方向性を定め、純文学なら哲学性、エンタメならストーリーをもうひと工夫すればよい。
 荒井登喜子「ありがとう、あなた」(「全作家」112号)は見開き1ページの掌編だが、妻の視点で明るい朝の場面から始まり、夫の急死に内心歓喜する妻を描いて巧みだ。妻の長年の鬱屈や悪意を背後に忍ばせ、明から暗への転換が見事。

 本欄は私が寄稿している全作家協会の「全作家」の「文芸時評」とは別である。同誌のコンセンプトはなるべく広く、をキーワードにしている。また本欄では特筆すべき何かを内包する作品を中心に少数精鋭で取り上げる。同人雑誌をお送りいただける方には、私どもの事務所に「お問い合わせフォーム」でコンタクトをとってほしい。掲載はご希望にそえないこともあるのでご了承いただきたい。


                                                           (了)

 

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